Full speech
○鈴木厚人君 本日は、このような意見を述べる機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
私が配らせていただきました資料、これに基づいて話をさせていただきます。
話の内容は、一点目は、人類の永遠の謎への挑戦、国際リニアコライダー、ILCの日本誘致の実現を、それから、急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた岩手県立大学の在り方、この二点について話をさせていただきます。
お配りしました資料の下の方のスライド番号でいいますと一番目です。
ILCは、地下百メートルのところに二十キロのトンネルを掘りまして、その両端から電子と陽電子という素粒子を加速して真ん中でぶつける、そうするとエネルギーの塊ができます。エネルギーの塊というのは、まさにこれはビッグバンの最初でございます。そこから今の宇宙ができたように、宇宙の成り立ち等々含めて、課題は、そこにもありますが、宇宙は何でできているのか、宇宙はどのようにして始まったのか、この宇宙を支配する法則は何かということに関しまして研究を進めるというのが大きな目的でございます。
装置の内容は、そこにありますように、地上から地下に行くために、行くというのは、電力もそうですし、水力も、それから空気もそうです。それから、超電導なので、液体ヘリウム等々の、そういうアクセストンネルがございまして、衝突点の上には、衝突点ホールとして実験室や研究所、コンピューターセンターができます。これを何とか実現したいというのが私どもの願いでございます。
二ページ目に行きますけれども、実は、これは今ITERがグローバル企業として進んでおりますけれども、私どもは、二〇〇〇年の初めに、各国でもって、次はILCだ、リニアコライダーが次の素粒子の大きな施設だということで世界で競ったんですけれども、結局は、人の無駄遣い、お金の無駄遣い、それから技術の無駄遣いをやめて、まさにグローバルに集まってやろうということで、ここに書いてありますように、国際ILC技術開発組織というのをつくりました。
これは、国際将来加速器委員会と言われる、我々はICFAと呼んでいますけれども、この下につくりまして、そして、この下の委員会には、世界の大きな研究所の所長と、それから必ず各政府機関の代表者、日本の場合にはいつも私と一緒に文科省の方々が出席して、そしてグローバルプロジェクトのILCを進めてまいりました。進めてまいりまして、二〇〇五年からグローバルに始まりまして、ところが、二〇〇八年、二〇〇九年以降、日本は急速に技術を伸ばしています。
何でそうなったかといいますと、ちょっと済みません、そこにグラフがありますけれども、下が年代です。これは、ほとんど各年代のトップはアメリカのスタンフォード大学です。スタンフォード大学は、このマシンだけでもってノーベル賞を三人も出しています。
そういうアメリカに対して、しばらくアメリカが続いたんですけれども、日本のトリスタンというところから始まって、次に、二〇〇〇年ぐらいから赤丸が一番てっぺんに立っていますけれども、これは日本の技術がアメリカを上回った。何かといいますと、アメリカはこれまでのような電磁石を使ったんですけれども、日本は世界に先駆けて超電導加速器を開発したんです。これが成果を出しまして、世界のトップに立った。
ということで、ILCに関しましても、その辺からは、日本に行って技術開発をやろうということで、私はつくばにいて高エネルギー加速器研究機構の機構長をやっていましたけれども、そこで、世界中から年間二千人ぐらいの人が集まってきて、そして技術開発をやりました。そして、二〇一二年では、設計書ができ上がりまして、ほぼ、重要な技術開発は全て終わりました。あと残っているのは建設期にやればいいような開発だけということで、その技術設計書の受渡しは東京で行いました。
その当時、世界では、電子、陽電子のトップ拠点が日本、それから陽子、陽子、これはジュネーブの郊外にある周長二十七キロぐらいの加速器でして、CERNと我々は呼んでいますけれども、欧州合同原子核研究所、これが世界のトップツーでございました。
三ページ目ですね。これは、二〇〇九年時代に世界からつくばに集まって、要するに技術開発を行った、ILCの技術開発ですね。そこには、アメリカやイタリア、ドイツ、フランス等々もあります、それから日本と、それぞれでもって造ったその装置を組み合わせて性能を出した。二〇二二年に日本の有識者会議がまだこういうテストもしなきゃいかぬということを出しましたけれども、もうそういうのはとっくに終わっている。そして、もう残るはいつでもできる技術開発という点まで来ました。
次に、四ページ目に行きますけれども、場所は、実は、日本は、前から日本にこれを造ろうと頑張っておりまして、土木学会の岩盤力学学会の先生方が日本各地に場所を選定してくれました。そして、ILCが、日本誘致、世界中の研究者から日本に造ってもらおうという提案があったわけですね。
北上と背振、二つに候補地を絞りまして、そして、そこには、加速器だけじゃなくて岩盤力学の先生方、それから社会環境基盤ですね、都市計画とか様々な先生方が集まって場所を選定して、結局、北上山地を選んでもらいました。図に分かりますように、北上山地とそれから九州を比べてみますと、圧倒的に北上山地は赤い活断層が少ないんですね。
そういうことも経まして、では予算はどうするかと。二〇一三年に予算を決めたのは、大体世界にルールがございまして、そのルールに基づきますと、全体の経費が八千億円ぐらいで、日本分担は大体約半分。大体、ホストをする国が半分というのが定例でございます、それだけプラスがありますもので。
それで、二〇一三年の図を、値を載せたのは、このときにちょうど一ドル百円だったんですね。ですから、その後、換えて言いますと、今は一・五倍ぐらいになっていますけれども、換算しやすいんですね、ちょうど一ドル百円のときですから。そうすると、今はこれは、日本は四千億円というのが、今一・五倍で六千億円ということになります。
今出ています日本成長戦略、これに、ILCの立ち位置というものを五ページに出しています。特に、赤く囲んだ、1新技術立国と、4の我が国が優位性を保つ技術力の外交的な後押しということと、競争力強化の中の2、成長投資の後押しや制約解消につながる基盤整備というところ、ここにILCは貢献するんじゃないかというふうに考えております。
その貢献度を六ページ、七ページ、八ページに書いてありますが、まず、新技術立国に関しましては、様々な技術、これが加速器から始まっているのが多いです。特に放射光というのは、今、SPring8、播磨にありますけれども、最初はつくばで、KEKで開発して、そこで育った人たちが播磨ができるというので移っていった。今の理事長もKEKの准教授の人でした。このように、加速器は様々なところに応用する。それから、中性子の医学利用は、筑波大学病院とKEKが一緒になって、中性子をがん治療に役立てるということもやりました。
それから、我が国の優位性を保つ、七ページですね、これに関しましては、当時の東大総長でありました佐々木先生が、ILCは大事だということを、先生自らこの図を描いてくれました。日本発、世界の文化の創造とか、第三の極、アジアの中心として、それから、膨大な産業、技術波及効果、それから、世界の中で日本の地位と国家安全保障。佐々木先生が一番強調されたのはここでして、今、CERNは七十年たっていますけれども、五十年、七十年もの間、世界三十か国以上の国から人が集まってきてここで生活しているということは、平和のシンボルである、これは是非、ILCを基にして、日本は世界に対してこういう立ち位置を示した方がいいんじゃないかというのが佐々木先生の御提案です。
それで終わりにしまして、その次は、今度は、急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた岩手県立大学の在り方。
ちょっと今飛ばしましたね。済みません、九ページに戻ってもらいまして、もう一つ、競争力強化がございました。成長戦略ですね。
ここには世界からたくさんの人が集まってきますので、そこに、グラフの中に、大体最盛期には六千人ぐらいの研究者とプラス産業関連で、合わせますと約一万人がこの地域に来る、そして、世界から頭脳や投資、人、技術が集まってくる、そして、各地域、あるいは日本の一次産業、観光、食、教育、伝統産業等々が合体しまして、輸出、インバウンド増、次世代を担う人材育成、それから新規の事業ですね、ベンチャー等々が育って、またそれを海外に送り出すというのが一つの目的でございます。
そこで、現在、是非やっていただきたいのは、九ページですね、まず、世界から日本が、日本政府は前向きな姿勢を示してほしい。ここで日本が、今すぐ造りますということじゃなくて、とにかく世界の、国際政府間協議を始める、そのイニシアチブを日本が取ってほしいというのが二〇一二年からの強い要求です。
ここは、若干日本と世界の違いがあります。日本は鶏が先なんですね。そこから卵をつくって育てていく。世界は違って、卵を持ってきて、そこから育てていく。そして、途中でもっておかしくなったらすぐ、ぱっとやめます、世界は。そこが日本と世界の違いであって、日本もやはり、最初は意思表示をした後に、政府間協議でもっていろいろなことを決めていく、そして、最終的にこれでよしとなったら、ILCを日本に誘致するということの決断ですね、それを大体年次を示してありまして、このような年次でもってやっていただきたいと思っております。
次に、大学の点ですけれども、昨年二月に文科省の有識者会議から、我が国の知の総和の向上の未来像ということで、急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方、これに関しまして岩手県立大学がどう対処をするかということで、そのページにありますように、紫で囲んであります、質の向上とか規模の適正化、アクセスの確保ということ、これを進めていこうと。
特に質の向上ですね。知の総和というのは学生の数掛ける能力ですので、学生が減れば能力を上げるということがこの方針ですね。ですから、大学は、どんどん強化して、学生の能力を上げる教育研究、社会貢献をしなさいというのが方針です。
そこで、その下にあるのは、地域のシンクタンクとしての役割を徹底的に示す、大学は、特に地方の大学は。そこに、岩手県は、幸い、いわて未来づくり機構とか、いわて高等教育コンソーシアムとか、それからいわてで働こう推進協議会等々、盛んに、県内の企業、それから市町村、それから大学等々が一体となって進んでおります。県は、いわて未来づくり機構と岩手県立大学を県のシンクタンクとしてもう指定しておりまして、これをどんどん進めていこうというのが我々の目的です。
次に、特色のある大学ということで、実は、初代の学長は西沢先生でして、西沢先生は東北大学の総長をやりまして、ミスター半導体と言われた方です。この方が、門前町構想というのを立てまして、そして県立大学の周りに企業を誘致しようということを言われました。そこで、滝沢市の皆さんが中心になって、ここに企業が、貸しオフィスとそれから企業立地、場所ですね、用意しまして、そして進めてまいりました。私が来た頃は、貸しオフィスはほぼ満席、それから、企業立地はまだなかったんですけれども、二〇一八年ぐらいから入りまして、今はもう残り一区画ぐらい。
企業と大学は密接であります。私は、二〇一五年に着任して考えたのは、ただ密接しただけじゃ駄目、もっともっとこれを何とか進めていきたいということで、たまたまスタンフォードのシリコンバレー創世記という本を読みまして、もっともっと密着にやるためにはということで、それで、それを読んだ後に考えたのが、企業学群という……
Surrounding remarks in this meeting